キミノカケラワタシノカケラ

少しずつ。前に進まなければならないのか?

スキダトイフコト。

V6を好きになってからもう長い。

何が原因かははっきりしている。

 

長野博

 

 

この人のおかげだ。

 

 

 

この人を好きになったのはV6だったからじゃない。

私は博さんを好きになったからV6が好きになったのだ。

 

私が好きになった時には髪の色も明るくて茶色かったり金色に近かったり。

私はバイクが好きだったから。

というのもあるけど。

 

 

彼がモータースポーツの番組をやっていたからだ。

川平慈英さんと真鍋かおりちゃん。

楽しそうにしている三人を見ながら。

ツナギを着ていたり、車に乗ったり、ポケバイ乗ったり。

かおりちゃんをお姫様抱っこしてみたり。

 

 

いつのまにか長野くんはこんなに可愛いのかあ…と思って。

そう思った時にはいっぺんに好きになった。

 

CBのナナハンをレストアしたり。

それがとっても楽しそうだった。

かおりちゃんが免許取るのを見守ったり。

可愛かったんだよな…。

エミリちゃんは途中で断念したっけな。

 

 

もちろん認知はしていた。

 

ガコイコは毎回見ていたし、好きな番組だった。

でも、ただ好きな番組で可愛くてカッコいい人達だなあ。くらいで。

毎週木曜日の19時台だった時は練舎で練習ができるギリギリの時間でまるまる見れなかったけれど。

レッスンや合わせが終わって帰るとやってて。

 

ご飯の支度しながらとか、復習したりしながら見たりしてた。

 

 

時間が変わって20時台になってからは多分欠かさず見ていたように思う。

だいたい見ていたなあ。

 

 

好きになった時の私は。

 

二十台前半も前半の小娘でしたので。

トニセンというとすっごくお兄さん。

だと勝手に思っていました。

 

 

つうか…

 

 

そう歳が変わらないのに(笑)

 

 

 

 

すまん。でもあの時は。

 

 

 

まあくんや博さんはとても年上の人な感じで。

ただ憧れていた人です。

よっちゃんは漠然と同じ歳かなー?くらいの(笑)

 

 

私はとニコンにしか行ったことがなかったのです。Vのコンサートは行った事なかった。

ニコンはしかもぼっち参戦(笑)

 

 

でもでも!ぼっち参戦全く苦じゃない人間なんです←真顔。

コンサートと名のつくものは一人で行くのが当たり前だったし←え。

みんなで行くのは試演会などの為で。

私はコンサートを誤解しがちでした。

 

 

ええ。

 

はっきり言えば。

 

私ほぼクラシックしか行ってなかったわけですから。←逆にどない?

 

 

普通のコンサートは地元で友人とB’zに行きました。

すごいな、一回きりよ宮崎来たの。多分。

あとは中西圭三←時代がわかります。

それくらい。ライブって。

 

 

大学生の時はチケット無料で、大学が声をかけてのコンサートは毎月行きました。

クラシックですけど。

あとオペラ、オケ、室内楽管弦楽、邦楽。

大学出てからも音楽は続けていたのでピアノやオケ、オペラは行ってました。

 

 

 

が。

 

 

 

忘れていたのです。

 

ほぼ10年近くクラシックしか行っていない。

ライブって何着て行くの?←カオス

ワンピースやスーツやヒール?なわけない?

から、考えたり←私服で良いのに(笑)

 

 

そこからもう、大事件だった。

会場に行ってみてびっくり。

 

 

 

みんなほぼ、友達や知り合いと来ている…←今考えるとそうでしょうな。

今は私も友達と行きますし。つうか友達に会うのがもはや目的。

 

 

んで。

 

 

う、うちわ?みんなうちわ…うわさのお顔しか載ってないうちわ…←衝撃。

 

 

あ、買いましたけど(笑)

入るバックとかないから←なんも知らんから。素手で持って帰ったYO!!

帰りにビール飲みながら眺めたくてもあまりにも麗しく直視出来ず。←好きすぎ注意報

 

パンフ…え?ダンボール?違うからな(笑)←screaming。

でかっ!って思いました。

 

 

でね!

 

長〜い階段を上がってグッズを買うのも初めてだし。

グッズ買うのにこんな並ぶなんて知らなかったし。

 

 

 

なんもかんもが楽しかった!ふっふー!

 

 

です(笑)

 

天井席だったけど、はっきり見えた博さんは色が白くて茶色い髪で。

テレビで見るより細くて美しかった。

 

 

いた…本物かな…いるんや…

いや待て、本物なんか?って。←疑い(笑)

あれ。本物なん?人なん?

 

 

 

でも。

 

ただ見て泣いてた。

 

 

 

 

まだあの時にはダフ屋とかいて。

チケット欲しい子に三枚なら売る!とか言ってるのを聞いて。

 

 

普段の私の行くコンサートと違うなあって。

呆然としたのを覚えてる。

 

 

結婚して一年くらいだったから、まだ子供達もいなかったし。

一人で鈍行で神戸に行ったんだよなあって。

早く着きすぎて、午前中に映画見て←何見たかは覚えてない。

ドトールでご飯食べて。

 

 

楽しかったなあ…。

 

 

 

終わって夢みたいで電車の中でうちわを見て。

でも恥ずかしくて直視出来なかった。←二回め

いや、ほんまに大好きで好きで直視出来なかった。

雑誌もいつも、こっそり開いてみていた。←その手の本ではないのに。

 

 

この大好きな人が本当にいたんだって夢みたいだった。

 

 

あの日、実体を見たからか。

 

多分いるんだろうという事だけは頭で理解はしているのに。

次の日にはもう、実在しないのかも。

って何故か思った。

 

 

よっちゃんやまあくんは実在すると理解したらずっと実体だと思えるのに。

博さんだけは何度見てもどれだけ見てもダメだ。

 

 

いつもいつも思う。

 

 

 

幻なんじゃないかって。

 

 

 

いんや…多分妖精や←え。

 

 

 

だいたいこの辺りで今の私の中身と同じくの核が出来上がる。

大好きな素敵なかっこいい人だった。しかし。

ここら辺から、博だけは実体のないかも?な。

もはや王子様として私の中に根付く。

 

 

私は周りの友人に彼を王子様と言い始めた。

勿論友人には…こころちゃんが…。

とだんだんおかしいことは認知されていく(笑)

それくらいトチ狂ったくらい好きでした。

 

この辺から手にも注目。

好きな手じゃなかったはずが。

盲目ね、博だけは好きなのあんびりばぼー。

 

見た目についてはすべての美辞麗句を並び立てていました。

 

まあ、お茶の間ファンだったけど←ここ変わらず。

 

 

 

それから少し子育てに専念することになるのだが。

この辺からが私の漆黒の闇期。←やば。

記憶が薄い。

色んなことが記憶から抜けている。

泣いていたことは覚えているが、何故泣いたかは謎。

 

 

もはや私の友人の方が覚えている体たらく。

なんなら娘の方は我が友人達が育てたかもしれん←え?

 

 

音楽を諦めたのはこの辺りだ。

やっと。

ほぼ、自分の演奏会やお金を頂き歌う事をこの辺りで畳んだ。

小さな小さな演奏会で歌うことはあったけれど、それも辞退しました。

最後は、友人の家のサロンだった。

 

 

もうずっと後ろ髪を引かれながら全く音楽を聴かず、聴きに行かず。

 

 

自分の欲という欲を全て断ち切るように育児をしていた。

こんなもんだよ、母だもの。と、

コンサートに行きたくても、諦めて。

いつのまにかクラシックは聴かなくなった。

 

 

今なら諦めねーけど←真顔

 

 

今ならね(笑)

でもそれは超えてきたからの今であって、今でさえ道半ばだ。

 

 

歌うことも歌う仕事もしなくなっていったからピアノにも触らなくなって行った。

まあこれは敢えて。

の部分も大きかったけれど。

 

声楽の発声はお腹が大きくなるとしづらくなって行ったし。

歌わなければ声帯は筋肉だから、稼動域も狭まる。腹筋は弱る。

前の日に出た音域は出にくくなり。

鍛錬によって出ていた声は出なくなるに決まっている。

 

 

それを認めるのは社会から遮断されたようで辛かった←だって産後うつ

仕事も出産を機に退職して多忙な夫に一手に任された育児。

 

 

意識ない悪気ないワンオペ育児ですから!

労われますし、ありがとうも言われます。が。

いや、欲しいのは一人の時間。

 

だったわけで。

 

それは手に入らないためいつも緊張していた。

 

休みの日に子供を見てもらい、心置きなく料理やお菓子を作るしかストレス発散は無かった。

 

だってね。

 

 

ちょっと子供見てて!と、スーパー行ったら。

帰ってきたらほんまにじっと見ていたんです。

見ててと言われたから。と。

 

教えてあげれば良いのに私ったら。

見てるだけじゃダメなのよ、と。

あなた…

 

 

見てるだけで済むなら私はなぜこんな必死なんでしょうかね?

 

 

 

と。

 

 

あれ。

 

 

 

書いていて涙が出ちゃうわ…

 

 

 

 

落ち着いて私(笑)

 

 

 

いまは…

 

 

今は、子供らに家事を分担。

ご飯は手間を省いて手はかける。

夫には柔らかな口調ながら圧をかける。

どうせなー。って思うのをやめて逐一指示を出しました。

 

わからないと言われたら書いて説明。

子育てと同じく夫も育てる。

いや。半分君の子やし君も親だしね。と。

子供は13歳ですが、夫はまだ6歳くらい←え。

出来なくてもまだ幼いから…と思えば我慢できることもあれば出来ないこともある←真理。

 

 

私もパートながら仕事してますしね。

母歴13年でこんだけ強くなるよ!と。

気を使いながらでも押し付けたり頼んだり出来るようになるよ!ライブもいけるよ!と。

 

 

あの日の私に伝えたい。

 

ま、手立てはないが←元も子もない(笑)

 

 

 

ちなみに夫は、子供が赤ちゃんから幼児になった頃に1日二人預けたら。

もはや私に何も言わなくなりました←わかった模様。荒療治。

 

今でも病院に連れて行くのは保険証とか行く病院とか聞かれますが。

なんとかなっているし、私がいなきゃ3人でご飯食べ行くし。

何よりも子供達はなぜか(何故か?(笑))夫を尊敬しているわ大好きだわでなんか腑に落ちな…げほげほ!

 

私がそう育てたのよね!私偉い!

つまりは…

 

 

みんな無事に育ってますから!

 

 

 

あの日の私に伝えてあげたい←二回目

 

 

 

 

だから。←戻る。

 

 

いつの間にか私は本気で歌わずに、子守唄のように歌うようになったし。

若い時に全てをかけた音楽が辛かった。

だから、柔らかく子供に聞かせるだけのため。

我が子たちには童謡と同じく、ブラームスシューベルトの子守唄が定番。←交互に。

 

 

最近はスカッとしたい時に歌いますし、クラシックもガンガン聴きます。

ご飯作りながらとかも歌います←え。

 

しかしながらあんだけ聞かせたドイツリート。

聞いても今の子供らはぽかーん(笑)

口ずさんだら何語なん?と言われる。

いや、リートや言うとるがな。

何でこんな暗いん?とか言われる。

いや、ドイツリートやし怒シューベルトに謝れ!

 

かと言ってアリアを歌えばうるさいと言われます←真顔。モーツァルトプッチーニに謝れ。

 

読み聞かせの絵本の方を覚えてるわー。

私が紙芝居風に読むからかしらーん?

 

そんなもんよねー(T ^ T)

 

 

なので。←え。

音楽自体を避けるようになって行きましたー。

だって歌えないもん。

だって、集中して聴けないし←言い訳。

 

 

そして闇だったし←産後うつ

 

 

元に戻る。的な(笑)

 

 

 

 

私はでも、あの頃の必死な自分を今は愛おしいと思います。

 

 

V6を聴く暇も見る暇も細切れで。

撮り溜めていく番組を再生しても寝てしまう。

また、つけては見始めて、疲れ果てて寝てしまう。

そりゃ、泣くでしょうよ。つうかかなり追い詰められ気味でした。

 

 

でも、やっぱり好きだった。

辛くて苦しい時にはFilm V6 act III-CLIPS and more-を引っ張り出した。

引っ越しのたびに連れて行って、箱も少しすれているけど。

何度も何度も、WISHES〜I'll be there〜を見た。

あの時の真っ黒の博さんの瞳に恋した。

 

それは私のお守りだった。

 

 

 

いつのまにか、見たくても見られなくて。

 

 

 

押入れに入りしくしく泣いたりしたけど。←闇。やーん泣けるー

 

 

 

どれだけ好きでも。

その時期は、好きでいることが辛くて。

自分を抑え込んでいたような気がします。

何回も引っ張り出してみる事も出来ない日もあったし。

 

あんなに大好きでも、大好きだから見るのが辛くて余裕がなかった。

みんなが自由に見えて羨ましかったし。

仕事フルタイムでもくたびれながらでも発売日にCD引っ掴んで選んで帰れる日が。

 

懐かしくて仕方なくてなんか辛かった。

 

 

体は疲れていても。

駅の近くの小さなCDショップで手に入れたCDを持ちながら帰る幸せも。

仕事行くバスの中で聞いたV6の曲も。

仕事行く時に何度も開いて読んだクルグルも。

いつも愛おしいのに、繋げて見る時間の無さに辛くて仕方なかった。

 

 

でも、好きだった。

 

 

CDは欠かさず買って、雑誌も表紙は欠かさず買って。

いつかは聞ける。いつかは見られる。

そう思いながら手元においていた。

こんな年単位になるとは思ってなかったけども←真顔

開封してないものもある←訳分からず買うからダブる(笑)

 

 

彼らは個々の仕事が増えて行って6人集まらなくなって行って。

でもだから、9係もSPも全部必死で見ていた。

9係も一話も欠かしていない。

博のスペシャルの時は、もはや狂ったように出るとこだけ見てました。

キスシーンもバックハグもあざーす!←え。

 

 

ただ私は。

 

 

 

何かを忘れたくなかったし。

彼らを見ている時だけは。

何かを忘れられる時間だった。

 

だから、なんとか手繰り寄せて、掴んでいたんだと思う。

 

 

 

離れたくなくて。

 

離したくなくて。

 

 

隙間時間に本屋に行って、雑誌を買う。

ウルトラマンの映画の時はやっと預けられる時間を作って夫に託し見に行った。←映画館に待機されたけど。

 

フライパンと拳銃の時に表紙になった雑誌は。

あの時の私の支えだったし。

表紙を眺めては飾っていた。

 

天地明察もやっと夫に預ける事が出来て、最終週に見に行けた。←映画館に待機されたけど2

 

 

博が岡山に来たりんごの舞台は。

 

 

 

当日夫が仕事になり、預けられず。

家から出られずに泣きながら過ごした。

チケットは今でも後生大事に持っている。

もはや棺桶に入れてもらうしかない。

と思っている。

捨てられないし、大事だしで…

 

 

 

こんな怨念凝り固まっているならもはや一緒に荼毘に付すしかあるまい。

 

 

 

共にいく事にしました←怖。

 

 

 

 

なんやねん←知らんがな。

 

 

 

 

その時々に現れる、大好きなアーティストや俳優さんは数多いる。

私は基本男前はみんな好きだし可愛い美しい女優さんも好きだし。

好きなアーティストのコンサートには行きたいし行くし。

もちろんクラシックもジャズも好きだ。

 

 

いつもその時々に現れる、大好きな人たち。

 

 

 

でも、いつも大好きで。

いつも戻る。

私のベースの好き全部が向かっている人は

 

 

結局長野博さんで。

 

V6だ。

 

 

 

好きだということに、好ましいまで入れたならば際限なく好きな人は増える。

でも。

 

 

その中で、唯一無二は博なのだ。

 

 

この人に助けられ。

この人を目指して来た。

この人みたいになりたくて。

フラットを心がける。

 

 

いつもいつも。

 

 

 

 

博が私の中心だ。

 

 

 

 

好きだということに理由づけはできない。

もはや本能だからだ。

 

私は声の低めの人が好きだし、手は指が長くすっとした人が好きだ。

涼しげな顔が好きだし、だいたい面食いではない。

 

 

でも。

 

 

 

その全て逆を行く人が好きだ。

 

高めの柔らかな声、太くて丸い指先、整い過ぎた顔、そしてあまりにも美しい人。

 

理由がないのだ。

理由を探せばあるのだろうけど。

私の好きの形を全て越えた先にいるこの人を

こよなく好きだ。

 

 

彼の熱愛が出た時も素直に喜んだ。

彼は本気でなければ撮られるようなヘマはするまい。

撮らせるべくして撮らせたのだと。

 

思った。

 

 

結婚した時も、喜んだ。

彼の幸せの形をキチンと手に入れたんだって。

あー、良かったね。

と、本気で思った。

 

 

少しだけImpactを受けたのは許して。

 

 

喜んでいても、衝撃波は受けた。

一瞬の自分の感情に名前が見つからないのだけれど。

 

 

きっと長い時間、純粋に好きでいた部分もあった日々の私が。

喜んでるのになぜかびっくりしたのだろう。

なぜかは分からない。

 

 

でも、その衝撃波が収まるのと同時に。

 

温かな気持ちだった。

 

 

 

 

長い人生をかけてこの魑魅魍魎蠢く芸能界という世界を歩んでいく彼に。

とびきりのプレゼントじゃないかと。

 

彼が笑顔でいてくれる。

 

何よりもそれが嬉しかった。

 

 

 

花束をもらい、胴上げされる博を見て。

良かったねーって泣いたような気がする。

 

 

彼が年を重ねるのと同じく。

私も同じ時を歩んでいる。

 

 

あまりにも衝撃を受けた神戸で見た博への気持ちもありつつ。

私は人を育てながら、多分自分も育てていっていて。

 

 

彼が幸せなら私も幸せ。

 

 

 

に、落ち着いたのだ。

 

 

 

つうか、恋に似た気持ちは同じ時を重ねる同志のように。

尊敬の気持ちが足されていったのね、きっと。

 

 

目玉焼きの焼き方食べ方はどうかと思います←美学。

 

第2弾は焼き芋ですね。

尊敬が増すような予感はしています(笑)

 

 

私が何故好きかはもはやもう分からない。

彼が彼でいる限り。

 

私は長野博という人を好きだろうし憧れるだろう。

 

 

きっとそれは、この曲はあの頃。

ああ、これが流れた時の博はこう。

私はああだった。

聴きながら泣いたなとか。

 

 

散歩途中、坂を下りながら流れた

CHANGE THE WORLDを聞いた時の私の気持ちも。

 

 

鮮やかに思い出せる。

 

 

 

 

音や香りは記憶に結びつく。

 

 

その20年の時間に全部彼がいる。

 

 

 

 

どの季節も、瞬間も、全てV6が。

 

 

 

好きだということに理由がないのは。

時間だからかもしれない。

これから重ねていく時間も。

 

彼に、彼らに、重ねていけますように。

 

 

 

 

そしていつかまた書いてみたい。

何かが変わったかを私に。

 

 

 

 

きっと何も変わらないと思うけれども(笑)

 

 

 

 

今の私がいるのは、頑張って私が私になったんだけれどね。

頼りたい時に頼って。

辛い時に甘えて。

眺めては笑った。

 

 

だから今の私には私が頑張ってなったと胸は張れるけど。

そこにずっとV6がいて、博がいたことは確かだ。

 

 

今後何があっても。

 

 

大丈夫だと勝手に思う。

 

 

 

 

そしてその安心感こそブレない安心感こそが。

 

 

 

 

 

好きだという事。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキダトイフコト。